河間(がま)貨物駅は日本電気製鉄の専用貨物駅として1920(大正9)年6月1日に開業しています。
この工場は電気興業所となり、1924(大正13)年10月には揖斐川電気と合併し同社河間工場となりました。
河間工場では合金鉄や天井材が製造されていた(現在はICパッケージ基盤やセラミックファイバー製品を製造)ようですが貨車の具体的な積荷は不明です。
駅とは言っても本線から工場への専用線が分岐するだけで信号閉塞などはどうなっていたのかよく分かりません。 1974(昭和49)年6月1日に駅が廃止され、専用線も撤去されています。 その後も専用線分を含む幅広な架線柱は残っていたようですが、コンクリート柱への建て替えで消え失せました。 |
大垣市内から美濃赤坂へ直行する国道417号線と養老鉄道が交差する踏切の北側が河間駅跡。 右に専用線が分岐していたスペースがそのまま。 |
万年塀で仕切られてますが手前は専用線の雰囲気が残ります。 工場内はまず何も残ってなさそうですが・・・。 | 踏切側には駅舎とは言わないまでも何か詰所の跡のようなスペースが。 踏切警手小屋兼駅舎跡とか? |
河間貨物駅廃止は1974(昭和49)年ですが貨物の発着量記録1971(昭和46)年度まで(と言っても0ですが)。
原材料の到着が多かったようですが1964(昭和39)年の到着がやたらと多いのは何があったのでしょうね? ※グラフは岐阜県統計書(岐阜県企画開発部統計課)より作成 |
参考: | 養老線開通70年のあゆみ(近畿日本鉄道西大垣駅編集) |
イビデン70年史(イビデン株式会社) | |
専用線一覧表(日本国有鉄道貨物局) | |
岐阜県統計書(岐阜県企画開発部統計課) |
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