●戦後の機関車
第二次世界大戦中は燃料不足やコスト削減のため他の多くの森林鉄道と同じくガソリン機関車は代燃併用となり代燃装置を載せた台車を機関車次位に連結しホースで機関車と連結して使用していた。
戦後は再びガソリン専燃に戻っていたが昭和20年代半ばよりディーゼル機関への換装やディーゼル機関車の新規購入が相次ぐ。
それでもエンジン調達の都合や他署との融通が行われたなのか1957(昭和32)年度にディーゼル化100%達成後に再びガソリン機関車が増えるという現象も見られる。
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(表4)1948(昭和23)年 三殿営林署与川経営区の機関車
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旧番 |
製造元 |
型式 |
購入年月 |
所属 |
備考 |
A? |
No.29(新番付番前に廃車) |
日本車輌? |
ハークレス0X |
1931(昭和6)年11月 |
運輸 |
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C |
No.43(→新番No.35) |
酒井工作所 |
ブダBTU |
1935(昭和10)年8月 |
運輸 |
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D? |
No.14(→新番No.11) |
FLH社 |
プリモースFLH |
1928(昭和3)年7月 |
運輸 |
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E |
No.18(→新番No.14) |
雨宮製作所 |
ブダKTU |
1929(昭和4)年4月 |
与川伐採所 |
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F |
No.49(→新番No.41) |
加藤製作所 |
ブダBTU |
1936(昭和11)年8月 |
運輸 |
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G |
No.45(→新番No.37) |
酒井工作所 |
プリモースFLH |
1937(昭和12)年1月 |
与川伐採所 |
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H |
No.78(→新番No.65) |
酒井工作所 |
ハークレスWX03 |
1943(昭和18)年4月 |
運輸 |
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I |
No.23(新番付番前に廃車) |
藤原製作所 |
フジハラ製作 |
1930(昭和5)年11月 |
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妻籠営林署より保管転換1949(昭和24)年度廃車 |
三殿営林署与川経営区第五次編成経営案説明書 昭和二十三年調査 昭和二十五年実施(長野営林局)を元に作成
1945(昭和20)年7月に妻籠出張所が閉鎖され管轄区域が三殿出張所に移管された。
旧番No.23はその時に蘭森林鉄道の路線ごと三殿へ移管されたものと思われる。
妻籠出張所は終戦後の同年11月に復活し、林政統一後も妻籠営林署として1979(昭和54)年3月1日に三殿署へ再統合されるまで存続する。
森林鉄道についても2級線の長者畑線は妻籠署管轄となっていたようだが幹線の蘭森林鉄道1級線は三殿署が運行していた。
一方柿其森林鉄道はレールがつながる阿寺森林鉄道を受け持つ野尻出張所へ移管。
戦時中は輸送路観点で管轄を一本化する合理化を行ったようで隣の坂下出張所が坂下、田立森林鉄道系統をまとめて成立したのと同じ傾向と言えそうです。
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FNo.41(旧番No.49)
1936(昭和11)年8月購入の加藤製作所製4.0t機。イラストは上松運輸営林署転属後と見られる写真を元にしている。
ボンネット側面には上松運輸機工課タイプのルーバーが開き、キャブは酒井風の丸屋根に仕上げられている。
三殿では運輸事業所に属していたが4t機と小型なので三殿貯木場内の入換用に使われていたのかも知れない。
エンジンはガソリンのブダBTUを載せていたが上運でディーゼル化され日野DS-11を搭載。
これだけの大改造を受け整備されたにもかかわらず早くも1956(昭和31)年8月に廃車されている。
運輸事業所所属機 |
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GNo.37(旧番No.45)
1937(昭和12)年1月購入の酒井工作作所製4.1t機。CのNo.35(旧番No.43)と同タイプだがエンジンが異なりGMCを搭載。
台枠の陽刻がアルファベットに変わっている。
実際の塗色は分かっていないがイラストでは林政統一後の森林鉄道機に多い濃緑色イメージ。
車体形状やSAKAI WORKSの陽刻文字位置など「山の歴史館」で保存されているNo.64に近い。
与川伐採所所属機 |
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GNo.37(旧番No.45)ボンネット嵩上げ後の姿
ボンネットを嵩上げした結果ラジエターグリルが異様な形状に改造されている。
1956(昭和31)年には上松運輸営林署に転属しているが上運の資料では1933(昭和8)年製造、1936(昭和11)年7月購入となっている。 |
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GNo.37改めNo.60の2018(平成30)年9月現在の姿。
蘭、与川森林鉄道で使われていたことが判明している機関車で唯一の現存機。
先述のように1956(昭和31)年8月に上松運輸営林署に転属。
蘭森林鉄道の妻籠営林署移管により余剰となったことによる配置転換だろうか?
1957(昭和32)年度(?)に初代No.60(旧番No.73 酒井1941(昭和16)年製4.5t機。王滝営林署所属)の車番を貰ってNo.60(2代目)となり王滝営林署に再転属。
ディーゼルエンジン化、エアブレーキ化、前照灯ボンネット両脇2灯化などの改造を受けている。
うぐい川線の助六谷などで使われていたようで1969(昭和44)年3月廃車説と1974(昭和49)年6月廃車説がある。
「私が見た木曽森林鉄道」では1974(昭和49)年8月23日に田島で撮られた写真が載っており後者が正解と見られる。
廃車後はレストランで保存されたりした後個人蔵となって野辺山SLランドで保管。
現オーナー様のご厚意により2018(平成30)年9月15,16日に限定公開されました。 |
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