濁川の古典移動機


国鉄渚滑線濁川駅で入換に使用されていた5t貨車移動機。 製造年、製造所等のデータは不明。機械番号も見当たりません。 外観からすると形式はC5かC6形と見られ、製造開始時期や専用線一覧の濁川駅の項で1957(昭和32)年に国鉄動車使用となっていることからすると1955(昭和30)〜1957(昭和32)年頃に製造されたものと思われます。
廃線後は濁川の隣駅で渚滑線終点の旧・北見滝ノ上駅を利用した北見滝ノ上駅舎記念館で保存されています。 濁川駅では滝上営林署の濁川森林鉄道と接続、貯木場が存在し、木材の貨車積時の入換に活躍したようです。



濁川駅で使用された5t貨車移動機。メーカー、製造年などは不明ですが機関車表フルコンプリート版(沖田 祐作 編)によると協三工業製となっています。
旧・北見滝ノ上駅に隣接した製材所の木材置き場が後方に見えるため現役の移動機が側線で待機しているような雰囲気。 なおこの木材置き場の位置を濁川森林鉄道オシラネップ線の線路が通っており、隣の濁川駅まで渚滑線と並走していました。



機関側正面。長円形のラジエターグリルに鉄棒でガードを付けた形状、Hゴムの窓枠からC6形と思われますがC5形と言う可能性も? C6形はC5形を改良したもので基本的には似たような外観をしてます。



非エンジン側。エンジン側が全面4枚窓なのに対しこちら側は3枚窓となってます。 連結器は前後とも簡易連結器を装備。



サイドビュー。セミセンターキャブとなっています。乗務員扉の出っ張りは落とし窓の戸袋。 車体の高さに対して車輪径が小さく、細い丸棒のロッドも相まってどこか腰高で不安定な感じですね。
「前部の窓に顔が見える」とか言われそうですが心霊写真じゃないですよ。 背後にあった街灯か何だったかが窓ガラスに写りこんだのですが雨が本降りになってきたので構わずそのままシャッター切ったのです・・・横着者(^ ^;)



反対側のサイド、乗務員扉戸袋上に付いていた銘板。 入換機なので「重要機械」、自重5トン、所属にはうっすらと濁川駅の文字が見えます。 指定は「3」らしい文字は読めたもののそれ以外は解読できず。



移動機の載っている線路の先(濁川、渚滑方)には薪か木材チップか何の積込み施設のような建物が見えます。 木曽森で蒸機の燃料の薪積込み設備がこんな感じでしたがあそこに無蓋車を押し込んでガラガラと木片や薪を積み込んでたのでしょうか? あそこへこの移動機が貨車を押し込んだり引っ張り出したりする光景が見れたら絵になりそう。 因みに北見滝ノ上駅には専用線は無く、貨物扱いは濁川駅が主流でした。



現在も残ってる濁川駅舎。当機はこの駅に配置されてましたが側線、専用線があったはずの構内はパターゴルフ場になって跡形もありません。 営林局貯木場は駅前側にあったはずで専用線がどこかから入り込んでたものと思われますがこちらも分からず。


<濁川駅の専用線>
北見営林力(滝上→北雄営林署)専用線
作業キロ0.5km
総延長キロ0.6km
作業方法相手方機(専用線一覧1953年版まで)→国鉄動車(専用線一覧1957年版から)、手押
備考専用線一覧1951〜1970年版に存在確認。濁川森林鉄道と接続。1959(昭和34)年度に林鉄廃止。1961(昭和36)年に滝上営林署から北雄営林署が分離新設。
北見営林力(滝上→北雄営林署)専用線
作業キロ0.6km
総延長キロ-
作業方法相手方機(専用線一覧1953年版まで)→国鉄動車(専用線一覧1957年版から)、手押
備考第2側線。専用線一覧1951〜1964年版に存在確認。濁川森林鉄道と接続。1959(昭和34)年度に林鉄廃止。1961(昭和36)年に滝上営林署から北雄営林署が分離新設。
滝上林業協同組合専用線
作業キロ0.1km
総延長キロ-
作業方法国鉄動車、手押
備考専用線一覧1964年版に存在確認。
北見パルプ専用線
作業キロ0.1km
総延長キロ0.1km
作業方法国鉄動車、手押
備考専用線一覧1967〜1970年版に存在確認。
日亜木材産業専用線
作業キロ0.3km
総延長キロ0.3km
作業方法国鉄動車、手押
備考専用線一覧1967〜1970年版に存在確認。

参考:機関車表フルコンプリート版DVDブック(沖田 祐作/編 ネコ・パブリッシング)
専用線一覧表(日本国有鉄道貨物局)

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