1957(昭和32)年11月製造と見られる加藤製作所製15t機。
鋳物台枠で動力伝達はチェーンで行っていました。
ナローの森林鉄道や工事軌道などの駆動方式はほとんどがこのタイプでした。
チェーン駆動はロッド式やギア式に比べると牽引時の高負荷には弱いためか1067mmゲージのスイッチャーでは早いうちに廃車が進み、あまり残っているものがありません。
エンジンも森林鉄道の大型機(7〜15t機)で多かった日野DA59のようです。 「世界の鉄道’70(朝日新聞社編集 朝日新聞社)」では東洋工機製の15t機がいることになっているのですが、車体寸法の車高を除く数値やエンジン機種など加藤15t機に近いものがあり、あるいは加藤機と取り違えられていないかとも思われます。 「五十年のあゆみ(山九運輸機工株式会社編)」(1971(昭和46)年3月刊行)の一覧では15t機は2台になっており(下松の日立15tと南四日市のDB15(ニチユ15t))、加藤15t機と思しき機関車がいない代わりに当時配備されたばかりの25t機が載っていました。 加藤15t機は日車25t(現DB25)導入と入れ替わりで廃車になったのかも知れません。 |
2002(平成14)年11月頃、朝明川沿いの資材置き場に置かれていた加藤15t機。 加藤製作所の鋳物台枠機関車としては大形の部類。 名鉄(日通東名古屋港支店)のDB-6、DB-9と同型ですが前面窓はHゴム2枚となったためより近代的な雰囲気です。 |
キャブ側面には社紋が残存。 前面にはダブルホーンが付いていたものの隣にあったと思われるヘッドライトは既にありませんでした。 |
三重県内では加藤製作所の鋳物台枠機では最大の19t機(元は塩浜の四日市昭和石油専用線の日通No.1、2)が鵜殿の紀州製紙(現北越紀州製紙)専用線でかなり後まで残っていましたが、この画像撮影時には既に引退していました。 |
後位側から見た様子。 中央に円盤の取り付け跡のようなものがありますが、ここにも社紋が付いていたのでしょうかね? この写真撮影から数年後に行った時には姿を消していました。 こちら側の自動連結器は失われていますが、エアホースが見えていることからも分かる通り貫通ブレーキは装備しています。 |
参考: | 世界の鉄道’70(朝日新聞社編集 朝日新聞社) |
産業ロコ(ないねん出版) | |
加藤製作所の機関車図鑑(岡本憲之 編・著 株式会社加藤製作所協力 イカロス出版) | |
五十年のあゆみ(山九運輸機工株式会社編) |